長さ二十五メートルといえば短水路のプlルいっぱいの鯨が氷山を背景にしての恋愛は雄大な光景であらねばならない。
南氷洋捕鯨の紅林船団長から僕が聞いたのだが、聞くだに堂々たる話。二十メートル以上の白長須の、雄雌の出合い、零下何十度の寒さも物かはという白熱戦、双方から突進して、腹と腹とがぶつかり合って、上半身を水の上に乗りあげる。まるで巨大力士の立ち上がり。詳しいことは猛烈な水しぶきで見えないそうだ。逝り出て、あふれた精液で、あたり一面の海が白く濁るとは、いささかおおげさだが、なにしろ、でかい動物のことだから、その形容も全然ほらではなかろう。
鯨が晴乳類であることはギリシャのアリストテレスが二千何百年も前に説明している。これに比べて漢字では魚扇に京で、魚類扱いは非科学的だが東洋は非科学的だとするのは早合点。西洋だって、現代科学の家元ともいうべきドイツでは、鯨のことをワール・フイツシユと言葉の上からは魚の部類に入れている。(北欧語でもワール・フィスクと呼んで魚扱い、英語のホエールもワール・フイツシユを略したいい方にすぎない)
しかし、西洋人は何といっても科学的、時あってか非人情的である。
オランダの十七世紀の油画には捕鯨の図が多い。その一枚に、大きな鯨の雄が陸揚げされているのを見たことがある。
海の巨豪も陸に揚げられてだらしなく横たわり、男性の象徴を、だらんと投げ出している、二メートル以上の逸物。それを伊藤整に似た一人の男がむっつりと、極めて科学的に物尺で寸法を丹念に計っている。そして、その科学的研究を二三人の貴婦人とも見えるのが熱心に見学しているところ。レディーの顔は、とても冷静で、そこには感情も見せず、全く非人情である。
同じような画柄の物が日本にもある。「五島捕鯨絵巻」という江戸時代の巻物がそれである。相当名のある画家が描いたものらしく、精密を極め、また活き活きした芸術品。鯨の雌雄の性器を丁寧に描いてある。狼裂と芸術とは両立するという最高裁判所のチヤタレイ事件判決にある名文句そのままで、公開できないのは残念。公開して二十万円の罰金を取られてはたまらない。
その画のあるところに次のような光景がある。一人の男が左手で鯨の男性シンボルを撫でながら右手を挙げている。口を聞いて何か、わめいているところ。「道鋭のより、でかいぞ、どうだ」といった、おもむき。もっと面白いことを叫んでいるらしい顔付である。大は小を兼ねる――というが、この場合は困る。電信柱は、つま楊子にならないようなもの。そこには、女が三人「あら、いやだあ」といった顔をして逃げだそうとするところが描いてある。挟で顔を半分、隠しているが、その挟の横から目を出して、鯨のほうを見ている。女どもの耳と頬つぺたは、真赤に染めてある。
性欲は生活の重要なる部分であり、厳粛な事実と認める、むっつりしているところが北欧的。性欲は快楽、戯れと見なすのが南臥的。この点については、南欧は日本と似ている。
記録映画で鯨解剖の光景を見たことがある。縞のある白い腹をあお向けてた鯨。ひとりの男が、小山のような、その腹の上に登っている。尻尾に近いところで、彼は足をふみ滑らせたと思う、とたん、全身が鯨の中にめりこんでしまった。雄大なオブジェが見えないところをもって見るに、その鯨は雌であったわけ。古井戸に人間とびこむ水の音もせず、めりこんでしまったのであった。
雄大なオブジェの収まる容れ物は、やはり雄大でなくてはならない。いや雄大に対して「雌大」といわざるを得ない。

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