テレビの常連になると、いろいろのサインを使って私用に供する。
テレビでの、ごあいさつに際して、ネクタイを直したり、髪をなでたり、おくれ毛をかきあげたり鼻の横をこすったり…
こうした動作は、しばしば通信のサインである。
プロ野球の川上監督は、両手で、いろいろやる。帽子のひさしに手をやったり、鼻から口にかけて、ぬぐいさるような格好をしたりする。これで「長打」とか「パント」とか命令する。
われわれは、それほど複雑ではないが、たいてい誰かを目当てのサインであるのが多い。
旅先からのサインは女房に安心させる通信である。出かける前に今度は「眼鏡のツルに手をゃるよ」といったふうにサインをきめる。郵便事情が悪いから、旅先で絵葉書など出しても、帰宅してから着くようでは、役に立たない。うちの亭主、旅先でなにをするやらと、日ごろ信用がない。しかしサインでもするからには、気がとがめて、少しは慎むだろうと、女房に思わせようというのが、われわれの手である。
宿屋の親切な美人の女中さんに「今度のテレビで、眼鏡のツルに手をやるのは君へのサインだよ」という。パーのマダムにも同じことをやる。三一方で三人が、めいめい自分だけだと思つて喜ぶ仕掛け、一挙両得ではなく、一挙三得以上である。博愛衆におよぼすとはこのこと。
近ごろの軍隊（あるいは、軍隊と呼ばなくても、とにかく戦争ごっこをやる団体）では、戦車の活躍が大きい。
戦車の団体の命令は、指揮官から超短波で各戦車に伝える。この点「無線電話車」と同じことだが大いに違うのが、暗号を使うことである。
超短波による命令は、敵側の戦車にも聞こえる。だから、敵に聞こえて大丈夫のように略号が必要。
テレビ出演者のするサインは何百万の人に見えていても、なんでもない。特定の人に対してだけ有効である。まさに戦車の指揮官と同じだ。アナウンサーなどそれとなく自宅向けにやってるらしい。でっちでめしくう」「今晩おそくなる」「風日わかして」くらいは簡単にいくらしい。